TOP CRAFTS NOW REPORT 生きる折々の豊かさをexhibit/inhibitする。「Hz_Sugata edition_#01 / “折_ori”」展レビュー

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生きる折々の豊かさをexhibit/inhibitする。「Hz_Sugata edition_#01 / “折_ori”」展レビュー

2017年11月28日〜12月20日、Gallery SUGATAにて開催された陰影アーティストのSai、鏡師の山本晃久、写真家の八木夕菜による展覧会「Hz_Sugata edition_#01 / 折」。美術、工芸、写真という垣根を越え、3者の仕事が一体となって作り上げられたインスタレーションを、美術批評家の熊倉敬聡がレビューする。

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陰影を寿ぐアーティストSai、建築物の臨界を探る写真家八木夕菜、鏡の霊を磨きつづける職人山本晃久。3人が、京都のGallery SUGATAに設えた「共鳴表現」の場、「Hz_Sugata edition_#01 / “折_ori”」。展示全体をディレクションしたSaiのステートメントによれば「Hz (共鳴表現)とは陰影artist Saiが場所起因でエディション展開するインスタレーション企画 つまり地型が起因となり 土地や人の持つ周波数の差異を響かせる共振空間を設けるプロジェクト」。そのエディション#01が、この度の”折_ori”である。

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この「共鳴表現」の時空間に介入する私(たち)は、間もなくそれが単なる「展示=展覧」exhibitする時空間でないことに気づくであろう。それは、いわばexhibitしつつ、inhibitする(内に秘めつづける)時空間、まさに外が内に、内が外に「折られ」つづける時空間であることを悟るだろう。

そこでは、ここかしこに吊られ動く鏡像が、エンボス加工された漆黒面の乱反射が、仄暗くも仄明るい写真のポジとネガが、それらに時折映り込む外の木々の影模様が、あるいは震える陽の光が、そしてそれらに介在する私(たち)の反映、影が、互いに互いをexhibit/inhibitし、外を内へ、内を外へと、折々に、折りたたみ、展げつづける。

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その「折」の豊饒は、たとえばフランス現代思想を学んだ筆者などには、すぐさま「pli(襞・折)」の思想家たち、ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ジャン=リュック・ナンシーなどを思い起こさせる。彼らが哲学的に展開し折りたたみつづけたように、ここには存在論的襞・折が満ち満ちているといえよう。しかし、私には、この「共鳴表現=Hz 」の小宇宙は、それ以上の、宇宙的ともいえる広がりと細密さに震え慄いているように感じられるのだ。それは、フォンテンブローの森でセーヌ川のたゆたいに小舟を浮かべ、宇宙全体の交響──それを彼は〈音楽〉と呼んだ──を、言葉の余白の襞=折へと「要約」しようとした詩人、ステファヌ・マラルメの詩業すら思い出させる。

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が、唯一にして超越なる神が司る文化とは異なって、アニミズム的、「八百万の神」的感性と霊性に育まれたこの3人は、このフランスの詩人ほどメガロマニアックな欲望に裏打ちされてはいない。彼らの欲望は、より「断片」的であり、より「縁起」的であり、「幽けき」ものである。

その「ミクロマニアック」ともいえる「折」は、たとえば以下のような「細密劇」を生む。天井から吊るされた中小様々な大きさの丸鏡が、空気のそよぎに種々に動きつつ、周りのモノや気配──庭のもみじの紅や、鑑賞者の断片、はたまた他の鏡像たちを互いに映しあいながら、時事刻々、間歇的な万華鏡の如き夢幻=無限劇を作りだす。その足元では、波打ち際のように不規則にエンボスされた漆黒の凸凹に、冬の鮮やかな陽射しが、あるいは人工灯の気だるさが戯れ、打ち震える。外の庭に目を転じれば、『浄闇』と名づけられた黒光りする水平面に宿った無数の雫が、その球面に微細極まりない空蝉を映しだす。室内の壁面では、葬祭場で死という今生の彼方への旅立ちを写しとり、『祈り』と題された写真の「過去」と、それを映しだす銅鏡らの「現在」とが、目まぐるしく換入しあう。別な壁面では、魔鏡の裏面に刻まれた『浄闇』と『祈り』のイメージが、表面を透かして、対面に朧な幻影となって映じる。

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こうして、細密な「折」の映しあいは、八百万の神性を、ここかしこ、折々に、閃かせ、この場を、訪れる人々を、祝福する。この「縁起」のドラマこそ、Hzの神髄である。

そして“日蝕”。どうした光と影の魔術だろうか。『二尺一線』と名づけられた大判の丸鏡が、ふだんは天井からの人工の明かりに照らされているのだが、向かいのガラス壁の外の世界が暮れなずむにつれ、外壁に皆既日蝕の如き奇跡の像を映し出すのだ。アーティストたちも予期していなかった人為の光と自然の闇の交響劇。Hz=共鳴表現は、なんという僥倖までもたらすのだろうか。

しかし、それらがどんなに劇的で細密であろうと、Hzのドラマはそこだけにあるのではない。物理的な陰影の「展示」だけにあるのではない。あるいは、それを映じ=観じる「意識」の舞台だけにあるのではない。それは、そうした物理的かつ意識的共鳴の「展示」が、それを体験する心、さらには無意識に引き起こし、inhibitする“もう一つの”細密劇にもあるのだ。

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「光に闇を見 闇に光を見 その静謐なマグマはふつふつと静かに冷たく煮えたぎり 言葉や文字は悉く力を失い主役を探しつづける「ずっとここにいろ」雄弁な沈黙が伝えてくる 先へ先へもっと先へ」(Saiのステートメント)。

そう、「静謐なマグマ」「雄弁な沈黙」、その微細な煮沸が、無意識に、そして意識に、「内」へ「外」へ、目まぐるしく「先へ先へもっと先へ」と明滅するドラマ、それこそ、Hzの劇作術の核心にあるものだろう。

生きるとは、折々、「縁起」を生き、「縁起」に生かされることである。その豊饒とドラマを、私は、ひととき、堪能し、この場を去った。

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Hz(共鳴表現)とは、陰影アーティスト Saiによる空間をきっかけに、人に起きる周波数の変化を表現するインスタレーション企画。第一弾となる今回は、Sai、 山本晃久(鏡師)、八木夕菜(写真家)の3名が「折」をテーマに共鳴体となり、作品・空間・人々が放つ「震動」を表現した。2017年11月28日〜12月20日、Gallery SUGATAにて開催(会期終了)。URL:https://www.su-ga-ta.jp

熊倉敬聡
1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)などがある。URL:http://ourslab.wixsite.com/ours

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TEXT BY TAKAAKI KUMAKURA

PHOTOGRAPHS BY YUNA YAGI

17.12.27 WED 13:22

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