TOP CRAFTS NOW INTERVIEW 神宿る御所人形。伊東建一インタビュー

INTERVIEW

神宿る御所人形。伊東建一インタビュー

三頭身の愛らしい体に、はんなりと雅びやかな顔立ち、そして透き通るような白い肌。古くから宮中の慶事、年中行事に観賞用として用いられた御所人形の伝統を守る御所人形師という仕事がある。

京都市北区衣笠で、代々御所人形をつくり続けている伊東家は、江戸時代初期より、四条烏丸の近くで「桝屋庄五郎」という屋号で薬種問屋を営んでいた。江戸中期ごろ、京の町では、商家の看板の華やかさを競うことが流行った。手先が器用だった当時の当主が、看板代わりに人形をつくったところ、それが評判を呼んだという。以来、伊東家では人形制作を生業としたが、三代目のころ、後桜町天皇より御所への出入りが許され、「有職御人形司 伊東久重」の名を下賜された。現在は、当代の十二世・久重氏と、長男の建一さんが、その技を守っている。この道30年、御所人形一筋に歩んできた建一さんに、お話を伺った。

170823_goshoningyo_intv_01

御所人形師/伊東建一さん
昭和46年、京都生まれ。有職御人形司 伊東久重家の長男。大学卒業後、父である十二世・久重氏のもとで御所人形師として修業をスタート。平成17年、東京銀座「和光」で初の作品発表後、高島屋京都店、佐川美術館などで作品展を開催する。御所人形師として活躍する傍ら、同志社女子大学非常勤講師として、若い世代に京の伝統文化を伝えている。

―まず、御所人形とはどんなものなのでしょうか。

江戸時代中期に完成され、宮中の行事などで観賞用として用いられたものです。参勤交代の折に大名が御所に参内し、帝に拝謁した折に、帝から下賜されることが多く、大名家にとっては栄誉の印だったようですね。どういう人形が御所人形かというと、諸説あるかもしれませんが、伊東家では「桐の木彫であること」、「三頭身であること」、「透き通るように白い肌をしていること」の3点が御所人形の守るべき条件として受け継がれています。

―御所人形を三頭身にした理由は?

やはり、可愛らしさということを重要視したのではないでしょうか。今も、あどけない子供の姿というのは愛されるものですが、うちでつくる御所人形は、すべて子供をモチーフにしています。
古い時代には、五頭身だった時代もあるようですが、可愛らしさの基準も時代によって変遷したようで、ふっくらとした姿が求められるようになってきたようです。ちなみに私が最近手がけている「ちびたま」という人形は、三頭身もないぐらいの、小さな人形です。住宅事情やインテリアなどを考えて、今の日本の暮らしに合うように、新たに考案しました。御所人形を次の世代に伝えていくためにも、今、現在、人々に求められる愛らしさの基準を新たに考えていくのも、私たちの役目だと思っています。

170823_goshoningyo_intv_02

伊東さんが現代の生活にマッチさせて制作した、小さくて愛らしい「ちびたま」。 なめらかな肌が愛らしさを引き立てる。

―御所人形の素材に桐の木を使う理由を教えてください。

御所人形の特徴の一つが、透明感のある白い肌です。この白い肌というのも、昔から、宮中にふさわしい高貴なものとして捉えられていたのでしょう。きめ細かさと透明感のある独特の肌合いは、胡粉を塗ることで生まれます。土台となる素材は、胡粉がしっかりと塗りこめるものが必要で、桐の木がもっとも適しています。実は桐の木は柔らかく、木彫には向いていないのですが、胡粉の吸い付きが非常によく、よく染みこむようで、結果、剥がれにくくなるんですね。天皇家からの授与品ですから、簡単に剥がれたり、ひび割れたりしてはいけないので、木彫のやりやすさより、胡粉の塗り込みやすさを選んだのでしょう。これも、代々受け継がれてきた知恵といえます。

170823_goshoningyo_intv_03

彫刻刀や小刀を使って、細やかに彫りを施していく。桐は柔らかく、彫りには向かないが、輝くような白い肌を生み出すために桐を使うのは不可欠。

―御所人形は、どんな工程を経てできるのでしょう。

ざっと大きく分けて、「粗彫り」、「上彫り」、「胡粉を塗る(地塗り)」、「磨き」、「上塗り」、「顔を描く」、「髪の毛や衣服、飾りをつける」などの工程があります。まず、桐の材木を必要な大きさに切って、粗彫りをしていきます。

―人形の本体には、古い和紙が貼ってあるようですね。

これは「紙貼り」といって、桐と胡粉をなじませるために貼ります。どんな紙でも良いというわけにはいかず、柔らかくて、少し揉めば毛羽立つような、昔の和紙がベストなんです。この和紙は、古い商家で使っていた帳簿のようなもので、ほら、お金の貸し借りの内容が書いてあるようですね(笑)。古くて薄い和紙は糊の浸透がよく、粘りがあって胡粉を塗る前の下地には欠かせません。

170823_goshoningyo_intv_04

胡粉を塗る前に、人形本体に古い和紙を貼る。昔の和紙は糊によく馴染んで粘りがあるので、下地に欠かせない。

―白い光沢はどのように生み出すのでしょうか?

最初の地塗りで、胡粉を30回、塗り重ねます。何度も、何度も、塗り重ねることで、あの、真っ白で、透明感のある深い光沢を生み出すことができるのです。うちでは、6種類の異なる配合の胡粉を使いますが、この配合は一子相伝の秘伝として、親から子に伝えていきます。季節や年々の気候で微妙に配合を変えるなどの工夫も必要です。胡粉は天日で乾かしながら、塗り重ねていきますが、桐の木目は胡粉の水分をよく吸うので、表面がポコポコしてくるのです。ですから、表面は滑らかになるようにサンドペーパーでよく磨きます。桐の木の表面ギリギリまで、それこそ、卵の殻の薄さほどまで磨いていきます。

170823_goshoningyo_intv_05

上彫りが終わった本体に、なめらかな手わざで胡粉を塗る伊東さん。塗っては乾かす作業を、何度も何度も重ねていく。

―ギリギリの薄さまで磨くのに、なぜ、そこまで塗り重ねるのでしょうか?

その理由はよくわかっていません。おそらく、御所に献上するのにふさわしい、気品のある究極の白い肌を求めるうちに、こういった工程が生まれたのではないかと思います。この「磨き」の後に、さらに胡粉の「上塗り」を20回ほどして、ようやく「胡粉塗り」が終わります。「地塗り」と「上塗り」を合わせて、50回ほど、塗り重ねるわけです。「上塗り」を終えて、晒し木綿などで「ぬぐい」をかけると、御所人形らしい、あの光沢がようやく生まれてきます。人形師は、人形を胸に抱いて、息を吹きかけながらぬぐうのですが、その様子を見て、昔の人は「人形師が人形に魂を吹き込む」と言っていたようです。

―ここから、いよいよ仕上げの「顔描き」の段階に入るのですね。

何年やっても緊張するのが、この「顔描き」ですね。毎回、墨を擦りつつ、気持ちを落ち着かせることから作業を始めます。「顔描き」は、最初は、目、そして眉、と描いていきます。墨も薄墨から、だんだんと濃い墨へと変えていきます。筆先がほんのわずかにずれても、顔の表情が大きく変わってしまうので、大げさでなく、一瞬、息を止めるような緊張感があります。目と眉を描き終えたら、最後に、くちびるに紅を指します。それまでは、肌の白と墨の黒、モノクロだけだった世界に、ぽっと紅が指される瞬間、人形に確かに生気が宿るような気がします。ああ、人形に命が吹き込まれた、と思う瞬間ですね。これを見ることができるのは、我々、人形師だけだと思うと、毎回、深い感動があります。

170823_goshoningyo_intv_06

宮中のおもちゃ「ぶりぶり」を手に遊ぶ子供の姿を写した「ぶりぶり遊び」。

―木彫から絵付けまで、さまざまな技を駆使して御所人形が出来上がるのですね。伊東さんは、どのような修業を経て、これらの技を習得されたのでしょうか。

父のもとで仕事を覚えましたが、父は何も言葉では言わない人ですので、父がした仕事をみて、ひたすら真似をすることからでしたね。私は昼間、自然光のもとで仕事をするんですが、父は夜、蛍光灯の光で仕事をするんです。最初の頃、私がまだ彫っている途中の人形に、夜中、父が手を入れるんですよ。朝見たら、人形の顔が少し変わっているんです。「なんで黙ってするんやろう?」と腹も立つのですが、悔しいことに、明らかに父が手を入れた方が、いい表情になっているんです(笑)。そんなことが、何度も、何年も続いて、ようやく夜中の手直しがなくなり、一人前と認めてくれたんかなと…。でも、今でも父を超えられると思ったことは一度もありません。私にとっては、ずっとずっとその場所を目指して歩いていく、高い頂(いただき)のような存在ですね。

170823_goshoningyo_intv_07

江戸中期の頃の当主が、薬種問屋の看板がわりに制作して、たいそう評判を呼んだという「草刈童子」。建一さんが小学生の頃までは、毎日、外に出して、夕方になると家に入れて、看板として使っていたそうだ(左)。光格天皇より授かった由緒ある「十六葉菊花紋印」(右)。

―伊東さんが、次の世代に大切に伝えていきたいことは何でしょうか?

当家には、代々が大切に受け継ぐ「入神の技」というものがあります。入魂という言葉は聞くと思うのですが、魂ではなく、神が宿るような素晴らしい人形をつくるように、という意味があります。これは、寛政二年(一七九〇)に、光格天皇より入神の作に捺すようにと「十六葉菊花紋印」を拝領したことから、代々の当主に、ずっと大切に受け継がれてきています。ただ愛らしいだけでなく、凛とした気品、雅やかな品格がにじみ出るような人形。磨き上げてきた技に、つくり手の美しい精神と矜持が映し出されるような人形にこそ、神が宿るのではないでしょうか。私自身、まだまだ、そこまでの境地には至れていません。でも、まっさらで純粋で、見る人の心を映し出すような、そんな人形をつくりたいと、いつも考えています。いつの日か、「神宿る」といわれるような御所人形をつくることを夢見て、日々の仕事を積み重ねていきたいと思います。

有職御人形司 十二世 伊東久重家
http://hisashige.net

INTERVIEW

TEXT BY KOORI MAE

PHOTOGRAPHS BY FUKUMORI KUNIHIRO

17.08.23 WED 19:09

- RELATED POST -関連する記事