TOP CRAFTS NOW INTERVIEW 一刀より萬(よろず)の象(かたち)を作る。浄らかな木具を生み出す木具師という仕事
有職御木具師 橋村萬象インタビュー

INTERVIEW

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一刀より萬(よろず)の象(かたち)を作る。浄らかな木具を生み出す木具師という仕事
有職御木具師 橋村萬象インタビュー

 まっすぐに通った柾目、端正で清らかな佇まい。建水や茶入れなど、茶の湯の道具に欠かせない木具は、そこにあるだけで、茶席に凛とした品格を添える存在だ。橋村家は平安遷都の時に皇室の共をして奈良より京都へ移住。以降、橋村又左衛門の名で数十代にわたって、御所禁裏ご用の「有職御木具師」として、宮中に仕え、さまざまな御木具(宮中に納める木製品)を納めてきた。木具とは檜や杉を用いた曲物で、古代より暮らしの道具として使われてきたが、橋村家が代々つくる木具は、あくまで宮中に納めるもの。最高の素材を用いて、最高の技術を持って、この美しい木具を代々が制作している。昭和に入り、当時の又左衛門が初代、萬象を名乗るようになり、茶器木具師として、当代・橋村萬象さんまで脈々とその技と美意識を守り続けている。

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三代橋村萬象
1959年、先代萬象の長男として京都に生まれる。祖父である初代萬象のもとで修業し、また日本画家の山本紅雲に師事する。2008年、三代萬象を襲名。以後、各地にて個展や講演会を開催。2016年、「作歴四十年記念 木具師 橋村萬象作品展」を日本橋三越にて開催。2018年、「還暦記念 木具師 橋村萬象作品展」を全国で開催予定。

—有職御木具師の仕事とはどういったものなのでしょうか。

橋村:木でつくるさまざまな木製の道具を宮中に収める仕事をするのが、有職御木具師です。東京遷都までは御所にお仕えする有職御木具師は四家あったのですが、そのうちの三家が帝に随行して東京に移りました。橋村家は京都に残る公家の御用を勤めるために、一軒だけ京都に残りました。その後、茶道具などの御用を受けるようになり、大徳寺官長より「一刀萬象」の名をいただいて、代々の当主が萬象の名を継いでいます。その後、祖父の時代に、茶器木具師と名乗るようになりました。木具は、茶の湯の世界でも非常に大切な道具となっています。

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吉野桜の樹皮の、表面に節やシボがないところを厳選し、薄く薄く削って極細にして、曲げた木を留めるのに使う。

—木具をつくる時に大切なことは何でしょうか。

橋村:まずは、素材選びですね。原料となる木材はいわゆる銘木のみ使い、銘木の中でも非常に厳しく吟味します。うちでは主に、檜の最高峰とされる「尾州檜」と、こちらもクオリティの非常に高い「秋田杉」を使っています。200年、250年といった樹齢のものを使うようにしています。曲物は檜や杉を薄く削り、熱を加えて、円形や楕円形に曲げて、合わせ目を桜の樹皮で縫い合わせて、底や蓋をつけて仕上げていきます。うちでは吉野の桜の木の樹皮を使っています。ご覧いただくとわかるように、まっすぐに美しく柾目がすっと通っていて、その柾目がぐるっと一周してピタリと合わさっているでしょう?柾目の美しさが、凛とした清らかさを生み出すんです。

原料となる木は、山から伐り出してすぐ使うわけにはいきません。じっくりと寝かせて、自然に水分を抜く必要があります。こうすることで、長く使っていく間の寸法の狂いや歪み、ひずみ、割れなどを防ぐことができるんです。また植樹されたのち、枝打ちなど人の手をかけたものしか、この美しい柾目が生まれません。山で自然に育ち、樵の方が枝打ちをして丹精込めて世話をした自然の木こそが、木具にふさわしい木材になるのです。節や曲がりがあると柾目は通りませんから、樹皮と芯の間のほんのわずかな部分のみしか使いません。マグロの大トロのように、ごくわずかな希少部位のみを使うんです。

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縁の部分を曲げたものを接着し、木ばさみで留めてしばらく置いておく。

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桜の樹皮で胴体を留めていく。細く穴をあけて、その穴に桜の樹皮を通して留めるのだが、茶道具ではこの留めている方が正面となる、つまり、道具の大切な顔となるのだ。

—実際の工程で、とくに難しいのはどんな点ですか。

橋村:大まかな行程として、木取り、荒削り、仕上げの削り、曲げる、成形、加飾という段階を踏みますが、もっとも重要なのは「削る」という工程です。削りこそが、木具づくりの生命線。何段階も削る中で、ミリ単位どころではなく、厘や毛といった、ミクロの世界の薄さまで追求して、寸分の狂いもなく削らなくてはいけません。そのためにはまず、木を削るための鉋や小刀を、切れ味鋭く、シビアに研ぎ上げることができなくてはいけないんです。道具が研げて10年、曲げて成形するのに10年、そこにオリジナリティを加えて表現するのに10年。1人前になるには、最低でも30年はかかる仕事ですね。

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ごく小さな豆かんなで底板を丸く削る。

—修業中の思い出深いエピソードはありますか。

橋村:私は祖父と父のもとで仕事を覚えていったのですが、ある時、建水をつくっていて仕上げの段階でなかなか納得いかず、どんどん磨いているうちに、建水の側面の板がほんの一厘ほど、薄くなってしまったんです。茶器の木具は、寸法が非常に大切で、たとえば千利休が好んだ「利休形」(りきゅうがた)などは、まさしく寸法やつくり方まで細やかに約束事があり、その約束事に必ずのっとって、仕事を進めていかなくてはいけません。ですから、たとえ髪の毛1本分の誤差でも許されないのです。薄くなってしまった板をみて、祖父が激怒しまして、そのまま床屋に連れていかれて丸坊主にされたんですよ。父までもが息子だけにさせられぬと、自ら丸坊主になってしまって…(笑)。あれは、忘れがたい出来事でした。しかし、祖父の厳しい態度に、木具師としての生き様と誇りを見た思いがしました。

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文化年間の木ばさみ、寛政年間のノコギリなど、道具にも歴史がある。槍かんなは室町時代のものというから驚く。

—木具師として、大切にされている思いとは?

橋村:やはり、私たちの仕事は、木の命をいただく仕事であるということ、でしょうか。たとえば花器一つをとっても、柾目が細やかにまっすぐ通っていますよね。この一筋一筋が木の樹齢なんです。200年なら200年、250年なら250年の木の命がここに込もっているわけです。この清らかさと神々しさは、まさしく木の命が生み出すものだと思います。もともとは、御所にお納めして、宮中の方が使われる道具をおつくりしていましたから、清浄な美しさというものを特に重要視したのでしょうね。

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なんと七角形の干菓子盆「五節句置上七角盆」。松、桃、菖蒲、梶の葉、菊のおめでたい五節句にちなんだ植物が描かれている。干菓子の美しさを損なわないよう、柾目に溶け込むような金色で絵柄を描いている。

橋村:美しいだけでなく、使い勝手がよく、丈夫で長持ちする道具に仕上げるのはもちろん大切です。長年、使っていただくうちに、修理が必要になることがありますが、「直せる」と言うことも前提となります。何代前のものであってもお直しできる、ということは、今、私がつくっているものが、何代か先の子孫が直すかもしれないんです。ですから、何代にもわたって、同じ品質の素材、同じ技術、そして同じ道具を使いこなせないとあかんのです。祖父から父、そして子供、孫へと。きちんと伝え繋いでいく、そのことは何より大切やと思っています。

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雪の輪の蓋、蓋裏に月の意匠と花が描かれた「雪月花曲茶器」。

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左から「菊置上折撓(おりだめ)香合」、「蟹置上曲茶器」、「菊置上曲茶器」、「荒磯置上折撓香合」。どの作品も浄らかで品格ある表情に魅了される。

—今、長男の晋太朗さんが共に仕事をされていますが、どのようなことを伝えていきたいとお考えでしょうか。

橋村:私は祖父や父の仕事を見て仕事を覚えていったんですが、それと同じですね。本人の意識が大切なんです。どんな意識を持って物事を見るか?責任をもってものづくりに向かい合う姿勢が大切やと思います。あとは、日々、経験を積むしかありません。たとえば同じ茶入れをいくつもつくったとして、一つ一つの作品の先には、それぞれお客さまがおられます。その一人ひとりの方に喜んでいただかなくてはなりません。伝えようとする者の思いと、それを受け取る者の思いが、そこできちんと繋がっていかないといけないと思います。また、木具師の仕事はまず「守る」ことが第一にあります。基本の技術をしっかり身につけて、いにしえからの約束事を頭と体に叩き込むこと。まずそこができてから、ようやく自分のオリジナル、独創性について語れるようになるんやと思います。

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工房では、息子の晋太朗さんと並んで仕事をする。重要な作業をする時、晋太朗さんが自分の手を膝の上に揃えて、真剣に父の手元を見つめる姿が印象的だった。

—今後、こんなことをしていきたいという目標はありますか?

橋村:ちょうど、還暦を迎えるにあたって、「還暦記念 橋村萬象作品展」を今年から、三年かけて全国で催すことにしています。新作を数多く出品する予定で、今、その制作にかかりきりです。柾目の美しさを最大限に引き出し、しかも丈夫で使いやすい木具をつくるという基本は忠実に守りながらも、時代に沿った新たな感覚も磨いていく。今、そのことの重要性を実感しています。「これで良い」そこにとどまってしまえば、そこですべてストップしてしまいますよね。そこから何も変わらないし、生み出すことはできない。生みの苦しみはあっても、新しいかたちや意匠、色彩などにどんどんチャレンジしていきたいと思っています。全国を巡って、京都でつくられる木具の美しさや魅力にたくさんの方に触れてほしいと思っています。

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底は尾州檜の割肌を生かした朱塗り、縁と本体は秋田杉。素材を贅沢に用いた「長寿盆」には、胡粉で盛り上げたのち、金と朱色を練りこんだ気品ある朱で亀が描かれている。繊細で細やかな意匠が洗練と粋を醸し出す。

INTERVIEW

TEXT BY MAE KOORI

PHOTOGRAPHS BY KUNIHIRO FUKUMORI

18.05.10 THU 16:17

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