和蝋燭は灯り続けるか——。
京都・京北地域ではじまった櫨蝋づくりの取り組み [2]

和蝋燭の原材料となる櫨蝋(ハゼロウ)の生産が危機に瀕している。2015年に京都市右京区の京北地域が新たな櫨蝋産地として産声を上げた。「伝統産業の材料枯渇」と「過疎地域の産業振興」。ふたつの課題を背負ったこのプロジェクトは、手仕事の未来を示すモデルとなるか。

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和蝋燭は灯り続けるか——。 京都・京北地域ではじまった櫨蝋づくりの取り組み [2]

「森林の町」
京都市の北西部に位置する京北地域は、区域の93%を森林が占める山間の町。平安時代に御杣御料地に任じられて以来、都に木材を供給し続けてきた森林業の里だ。杉や檜をはじめとする高級建材の産地として知られ、とくに手仕事で木肌を磨き上げた北山丸太は数寄屋建築には欠かすことができない工芸だ。

京北地域の森林面積は約2万ヘクタール。東京都・八王寺市がすっぽり入る広大な山々を埋めるようにして杉や桧、松などの針葉樹がそびえる。昭和35年には約10,000人だった人口は減少の一途を辿り、現在は64の集落に約5,000人が暮らすのみ。住民の大半が農業と林業に従事するこの地域で森のあり方を考えることは、住民の生き方を決めることと同義だ。

 

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九州や四国、和歌山などこれまで温暖な土地で育成されてきた櫨を京北に移植するにあたっては不安も多かった。京北は一日の寒暖差が大きく、冬には積雪もある。森林業のプロが揃う京北といえど櫨は未知の樹木だった。
しかし、関係者が一縷の望みをかけたのは、京北の森に古くから自生していた山櫨(ヤマハゼ)の存在だった。

「厳密には櫨蝋を採る品種とは違うものですが、同じ櫨の仲間が自生していることは勇気づけられました。プロジェクト発足から四季を経験し、ようやくこの地の気候でも問題なく櫨を育成できる自信が芽生えはじめました。ただ、難しいのは接ぎ木の技術。櫨は江戸時代から接ぎ木で品種改良をおこない、クローンを増やすことで増産してきた樹木です。品種を守るためには接ぎ木で栽培を続けていくしかありませんが、この活着率がとても低いんです」(京都市京北農林業振興センター所長 三嶋陽治さん)

より質の高い蝋を多く採るために繰り返し品種改良されてきた櫨は、種子から栽培すると原種に近い品種に戻ってしまう。櫨蝋の品質を維持するためには接ぎ穂(増やしたい木の芽や枝)を台木(同じ品種の根)に接いで増やすしか方法はない。
2016年に継ぎ木した200本は2本しか生育しなかった。活着率はわずか1%だ。これまで櫨蝋の生産を担っていた九州や四国では専門の接ぎ木業者が存在していたが、それでも活着率は20%ほどだったという。
接ぎ木は新芽が生える前の春先にしかおこなえないためチャンスは年に一度。今後は他産地から移植した成木や接ぎ木苗を中心に育成を進めながら、接ぎ木の活着率を上げる試みを続けるという。

現在、京北地域で育成が進んでいる櫨は、成木3本、接ぎ木苗(3年)12本、接ぎ木苗(1年)2本、実生苗(1年)184本。獣害や気候のリスクを分散するため、山中と露地に分けて京北地域の4ヵ所で栽培されている。

 

過疎地域の現実

地元で農業を営む梶谷和豊さん(有限会社京都ファーム)は、「京都 “悠久の灯” プロジェクト」で櫨の試験栽培に参加している。所有する農地を提供し、約50本の櫨の成長を見守るほか、地元有志のひとりとしてプロジェクト運営にも関わっている。
「地元でも森林や休耕地を活用した新たな産業振興を考えなくてはいけない時期でした。櫨蝋が林業・農業に次ぐ産業の柱になればうれしいですし、新規事業で地域に活気を取り戻したいという思いもあります。京都市内から車で1時間といっても、ここは過疎地域ですから」

今年、京北地域のある小学校に入学した新1年生はたった4人。これから地域の中心となるはずの梶谷さんのような40代前後の若手も数えるほどしかいない。梶谷さんは「産業振興や地域活性化の以前に、地域コミュニティが崩れる危機感を強く抱いていた」と話す。
「自分たち若手世代が手を取り合ってひとつの目的に向かわないと京北の将来はない。和蝋燭も大事、産業振興も大事。でも、私にとっては地域の仲間と一緒に汗をかいて何かに取り組むことの方が大事だった。正直なところ、それができれば目的はなんでも良かったのかもしれません」

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同じく地元でプロジェクトに参加する梶谷宗司(木工房 KAJI)さんも、「しばらくはみんな本業の合間にボランティアすることになるのだから楽しまないと。それに、大人が楽しそうに働いていると子どもたちも地域に興味をもってくれますからね」と話す。
櫨は秋に紅葉するため、栽培・生育が進めば京北地域の風景を変えることにも繋がる。将来的には観光資源となることも期待して、幹線道路沿いに植樹する計画もあるという。
地域の面々が膝を突き合わせて櫨の育成を議論し、一緒に苗木を運ぶ。そんな時間が仲間の結束を固め、子どもたちに活気ある故郷を見せることにつながる。同プロジェクトが軌道に乗るまでは無報酬で櫨の育成に関わる地域の人々には、彼らなりの「参加理由」があった。

 

教材としての櫨

地元、京都府立北桑田高等学校には府下唯一の林業専門科、「森林リサーチ科」がある。ここでは、植林や伐採などの山林管理から木工、建築、環境問題など森林の諸問題に精通したスペシャリストの育成をおこなっている。同プロジェクトでは、校内に持つ育苗施設を活用して、高校生が実習として櫨の育成に取り組んでいる。

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副校長の福山丈志さんは「櫨を育て、その蝋が和蝋燭になる過程を総合的に学ぶ予定です。本校では木工技術も学んでいますので、燭台の試作などもおこなっています。樹木がもたらす産物に着目することで、建材だけではない林業のあり方を考える機会にしたいと考えています」と話す。

森林リサーチ科の市野育人教諭。校内の育苗施設にて

森林リサーチ科の市野育人教諭。校内の育苗施設にて

 

同校の森林リサーチ科の生徒は、およそ8割が京北地域外からの進学者。かつてはほとんどの卒業生が林業へと進んだが、現在は進学や一般企業への就職なども多い。
「だからこそ、この地で林業を学ぶ3年間を貴重な体験で埋めてやりたい」と話すのは、森林リサーチ科の市野育人教諭。
「林業が衰退してゆく現実とその対応を若者が考えなければ森の将来はありません。櫨が生む蝋がさまざまな分野に応用されるように、木にはまだ未開拓の分野がある。これまでは成木した杉や桧の活用を学ぶ授業が多かったのですが、櫨を種から育成してその過程でさまざまな活用方法を学ぶ機会にしたいと考えています」
今後、北桑田高校の敷地内に櫨の植樹もおこなう予定だ。

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今春、生徒たちが植えた種は順調に成長すれば約2年間ほどで接ぎ木の台木として使えるようになる。同校では、櫨の育成を後輩へと引き継いでいく予定だ。

(つづく)

和蝋燭は灯り続けるか——。
京都・京北地域ではじまった櫨蝋づくりの取り組み [1][3][4]

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TEXT BY YUJI YONEHARA

PHOTOGRAPHS BY SHINGO YAMASAKI

16.11.23 WED 15:28

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