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「工藝の森」の2020年

REPORT

循環する生態系を再構築
「工藝の森」の2020年

京都・京北の森で循環型のものづくりを目指す「工藝の森」。
コーディネーターの松山幸子さんと、堤淺吉漆店の堤卓也さんが設立した社団法人パースペクティブによるプロジェクトとして、2020年度から本格的に活動をスタートしています。記録写真で夏からの活動を振り返るとともに、松山幸子さんにこれからのことについても話を聞きました。

2020.7.19|木こりの塔下さんと森歩き

「工藝の森」が活動拠点としている京都市有「合併記念の森」を歩きながら、木こりの塔下(トノシタ)守さんから森の生態系について学ぶ会を開催。京北で生まれ育った林業家の塔下さんは、森を熟知する、この活動のキーマンです。

まずは2020年4月に行った漆の植栽地を見学するところからスタート。定期的に草を刈るなどして手をかけないと苗が育ちにくく、本来とても人の暮らしに近い植物だった漆の生態や、塔下さんが幼い頃からはずいぶん変わってしまった景色について話を聞きながら森を歩きます。

2020.9.22|塔下さんと森を歩いて考える

「合併記念の森」の広さは東京ドームおよそ57個分。まだまだ未踏の地だらけのこの森に絞り、「トノシタさんと歩く森」の第2回目を開催。かつてゴルフ場になる計画が進んだこの広大な森は、その後行政が所有して経済活動から免れたことで、他では見かけなくなった木々や植物が今もわずかに残っています。歩いていると古墳に出会うこともあり、人の暮らしに近い場所だったことが伺えるのもこの森の特徴。

川の流れから畑に水を引いた場所を想像し、生態系を見せながら森を案内してくれる塔下さんのお話は、遠ざかってしまった人と森との距離感について改めて考えるきっかけを与えてくれます。

2020.10.14|植栽地を決める

何度か森を歩いて理解を深めた後、漆の植栽地を決めるために現場を視察。木々や日当たりを見ながら、どの木を残して土地を整備するかなど、塔下さんに相談しながら最適な場所を探しました。

縄文時代の住居の周りには漆や栗の木が植わっていたことが遺跡などからもわかっており、それが活動のヒントになったと話す松山さん。「人と近い存在である漆にとって理にかなった場所へ植えていきたい」という思いを反映しながら、自然と人が有機的に配置されるような植え方を目指して、よく実がつく栗の木や山椒の木を刈らずに整備できる場所を選定しました。

2020.11.5|獣害柵を設置

Photo by Sawako TANE

京北では今、獣害の問題が深刻化。かつては多様性のある植生が広がっていた森も、餌を求めて里に下りてくる鹿などの動物が食べ尽くして、200種くらいあった植物がここ20年ほどで約40種にまで減ってしまいました。 漆も例外ではなく、芽も葉もすぐに食べられてしまうため、畑や森の「獣害対策ネット張り」は重要な作業の一つ。

知恵を絞りながらネットがずれないように止め、イノシシが潜らないよう地面にさらにネットを打ち付けてようやく柵を設置。下草刈りや獣害柵の設置は、植栽の何倍も大変な労働だからこそ、コミュニティを作ることが重要だと松山さんは考えています。

2020.11.7・8|黄金のお茶席に挑戦

これまでの活動中、森で野点を楽しんでいたメンバーたち。そこでいつもお茶を点てていたのが、初期からコミュニティを支えるメンバーの一人、兵働菊乃さん。「自分たちらしいお茶席を作ってみたい」という兵働さんの話から、アートやクラフトに関わる人たちが集う京北町のイベント「ツクル森」にチーム工藝の森として参加することになりました。

兵働さんが用意したのは、紙の器に漆を塗った茶碗。軽くて丈夫なため野外でも気兼ねなく扱えて、繰り返し使えるからアウトドアにもいいと好評だったそう。漆やその周りにあるものから楽しみを見つけ、遊びながら実現していくことも、工藝の森の活動に欠かせない大事な時間となっています。

2020.11.14|秋の植栽

夏から準備を重ね、ついに植栽の日。気持ちの良い秋晴れの中、活動に賛同する27名が参加し、60本あまりの漆の苗が植えられました。「植えることも育てることも、森の恵みを使って作ることもコミュニティとして一緒に経験していきたい」と松山さんが話すように、この活動の主軸は森づくりでなく、生態系をつくること。

森には伐採された木がまだたくさんあり、「それを使って森の中にベンチや茶室、いつかはツリーハウスも作りたい」とアイデアは広がります。

Photo by Takeshi YAMAMOTO(以上3点)

これから漆が育つまでの15年の間に京北の環境がどのように変化していくのか。手をかけながら、工藝の森の活動はまた来年度、そして数十年先にまで続いていきます。

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「工藝の森」を進める松山幸子さんの話です。

――2020年度の「工藝の森」の活動を振り返ってみて、いかがでしたか。

松山:2020年はゼロからのスタートだったのですが、光栄なことに多くの方が共感して、話を聞いてくださいました。そのフィードバックを受けながら、「社会にとって良いことをする」という漠然とした思いから、自分たちが今何にフォーカスすべきなのか、何を大事にしていきたいのかを掘り下げ、できることを1歩ずつ進めてきた年だったと思います。 新型コロナウィルスの影響も大きかったですね。4月に入ると京北から全く出ないような日々が始まりました。京北で根っこを生やす期間に強制的に突入せざるを得なくなったことが、振り返ってみるとよかったのかなと思います。

――活動の中で、いちばん強く感じたことは何でしょう。

松山:全てがつながっていくんだな、ということです。漆の文化を次世代につなぐことを起点に会社を立ち上げましたが、それは漆だけの問題ではありません。近代以降の流れの中で社会から分断されてしまったり、居場所がなくなったり、つながりが薄れてきたり。そういうことが、たまたま漆の使用量の減少にも現れているだけなのだろうと、パースペクティブを立ち上げる前から思っていました。だからこそ、この活動を通して人と自然の営みをもう一度つ なぎ直していきたいし、そのツールとして漆があるということを再確認した1年でした。

――松山さんが思い描く「工藝の森」の未来や展望はどんなものですか。

松山:「もの」が自然から始まっているということを認識して、そこにフォーカスを当てることが、地球環境のサステナビリティが危ぶまれている中でとても大事なことだと思っています。今、大阪大学の人類学研究室と一緒に、森の資源と地域の資源がどのようなフローでつながっているのかを共同調査しているところで、それはものづくりや森づくりが、私たちの活動の周りでどのように編集され、つながっていくのかを可視化してもらう研究でもあります。 とても先の長い話になるかもしれませんが、それぞれの地域がアイデンティティを持ち、自慢とする風土や技術、文化の中でものづくりに関わる人たちがつなぎ直されていくところを見ていきたいと思っています。 また、2020年度は、地域のコミュニティに関する活動をサポートしてくれるトヨタ財団の助成に応募して、その採択を受けたのも私たちにとって大きな出来事でした。「京北ファブビレッジ」としてものづくりネットワークの拡大とオープン化を進め、これを形にするためにあらゆる連携をはかっているところです。

 

※松山幸子さんと堤卓也さんは以下のイベントで登壇。
□京都精華大学 伝統産業イノベーションセンター×KYOTO KOUGEI WEEK2021 シンポジウム『Things 工芸から覗く未来』のPart2「ものづくりと生態系」(2月19日 17:30~19:30/オンライン配信)
http://dento.kyotoseika.ac.jp/things/

□From Forest To Crafts 「工藝の森」報告会と、漆とともにある里山ネットワーク(2月26日 18:00~ 19:10/19:20~20:30/FabCafe Kyoto、オンライン配信もあり)
https://kougeiweek.kyoto/article/fromto_210226/

工藝の森
https://www.facebook.com/ForestOfCraft/

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TEXT BY ASAKO SAIMURA | EDIT BY ATSUSHI TAKEUCHI

21.02.16 TUE 08:53

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