TOP CRAFTS NOW INTERVIEW 異業種から伝統産業の世界へ。丸染工株式会社、次代への挑戦。

INTERVIEW

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異業種から伝統産業の世界へ。丸染工株式会社、次代への挑戦。

7年前、IT関連機器の営業担当から転職し、型友禅の事業所である丸染工株式会社へと入社した横田武裕さん。前職とは全く異なる伝統産業という業界へ飛び込んでみると、なんと先輩職人たちの平均年齢は70歳だった。どの伝統産業分野でも大きな課題のひとつとして取り上げれられる後継者不足と向き合いながら、次代へと繋げるための挑戦を聞いた。

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横田 武裕
1980年生まれ、福島県出身。結婚を機に2010年より丸染工株式会社に入社。前職はIT関連機器の設備を販売する営業職だった。

丸染工株式会社
明治26年(1893年)創業の型友禅の事業所。絢爛な振袖の製造を得意とする。また、現在は着物のレンタル事業・着物の通信販売事業も合わせて行う。

―まずは、丸染工株式会社でのお仕事を教えてください。

横田:うちはいわゆる染屋です。今風にいうと着物のディレクターのような役割ですね。色や柄を決定し、いくつかの外注先と連携をとりつつ、着物を作っていきます。着物を作るためには、だいたい10から15の工程が必要で、自社でも職人を数名抱えていますが、引染や蒸しといった工程は外注しています。作っている商品は成人式用の振袖がメインです。
あと、着物の製造以外にも男性用に特化した着物のネット通販事業や、東山・高台寺でレンタル着物のお店なども展開しています。そういう関連事業があるのは、型友禅の事業所としては特徴的かなと。

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丸染工の主力商品である成人式用の振袖は、細かい柄による絢爛な装飾が施されている。

―丸染工株式会社に入社する前は、どんなお仕事をされてましたか?

横田:今の仕事とは、本当にまったく違うんですけど、主にPCやサーバーの卸を行っている会社で、サラリーマンとして7年ほど働いていました。職人になってからも7年目ぐらいなので、ちょうど同じぐらいの年数を過ごしたことになりますね。

―伝統産業の事業所へ入る際には、やはり悩まれましたか?

 横田:いや、転職自体は全然悩まなかったです。特段不安もなく、「なんとかなるだろう」みたいな気持ちがありました。もちろん、業界も、職種も、土地も違う中で感じるギャップみたいな部分もありましたけど。

―それは確かに、いろいろギャップを感じそうですね。具体的には?

横田:実は前職で勤めていたのが大きめの企業だったので、経理処理や報告関連、在庫管理など、事務手続き関連の作業がすべてPC上で行えるような仕組みがすでにありました。今でいうクラウドサービスのようにネットワーク上の共有システムなんかも整備されていて……それが転職してみたら伝票から何からすべて手書きで、最初はさすがにギャップを感じました。

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丸染工株式会社の要でもある、色見本。登録している色は3000色にも上る。

―時代の最先端のような業界と伝統産業の分野は、様々な部分で違う点があるでしょうね。他に印象的な違いはありますか?

横田:仕事の仕組みももちろんですが、色見本にしろ、型にしろ、扱うものすべてがアナログな情報の集積ですよね。その物量を保存するにも場所や空間が必要で、それはつまりコストがかかっているということになる。そういう発想も、あんまりなかったんじゃないかな。配色の伝票とかも紙のままなので、昔の資料を引っ張り出したり……そういう部分を少しずつでもデータ化していきたいと思っています。少人数だからこそ、仕事をする基盤から効率的な仕組みへと変えていかないといけません。

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棈松さん(左)は、染めの職人歴50年以上の大ベテラン。同じく職人の石本さん(右)も、営業を担当しながら職人仕事も行ってきた入社50年以上の大ベテラン。横田さんが入社したタイミングで職人仕事に専念するようになった。

―技術を継承するという横田さんご自身の立場について教えてください。

横田:業界の慣習として、経営に携わりながら職人仕事もするという人材は非常に少ないんですが、僕が入社した7年前、先輩の職人さんたちは70代前後で職人歴が50年近かった。要するに、それ以前まで誰か新しく職人を雇用するタイミングがなかったってことなんです。だから、現場仕事を「やりたい」という気持ち以上に、「自分が今のタイミングでやっておかないと、次の世代へ技術継承ができないんじゃないか」という思いや、40年近く弟子が不在だった状況への危機感が大きかったですね。自分が染められたら、次へと繋げられるかもしれない。そういう可能性を残しておきたかったんです。

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この道55年の調色の職人・川田さん(左)と、職人歴3ヶ月の新人・安齋さん(右)。

―他にも次代へと繋ぐための挑戦があれば教えてください。

 横田:そうやって自分の技術も高めながら、事業所としての今後を考えていく中で、今年はついに新しく若い人を雇うことに決めました。実は、毎年数件は求職者からの問い合わせがあるんです。大半は手描き友禅をイメージされていて、美術系大学を卒業した作家志望の若い人が多いんですが、今回雇用した安齋さんは特にそういった問い合わせではなく、別事業であるネット通販で求人を出していたらこちらへ連絡がありました。
職人は求人してなかったんですが、いろいろと事業の今後について考えていたタイミングなども合致して踏み切りました。力仕事もかなり多い職場なので、最初は女性という点で周囲から反対されたんですが、いま雇わないと今後どうしていくの? という部分にずっと不安を持っていたので説得しましたね。実際に一度安齋さんに会ってみたらガッツもあるし、やっていけそうだと直感的に感じました。

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安齋さんは、京都で布関係のものづくりに携わりたいという気持ちがあり、求人情報を調べていたそうだ。今回の雇用をきっかけに京都へと引っ越し、職人を目指す日々を過ごす。

―事業を継続するための試みとして新規雇用へ踏み切ったわけですね。どのような効果を期待されていますか?

横田:今は事業所として要の部分でもある、調色の工程を安齋さんに担当してもらってます。もともと絵具場(調色を行う工房)担当の職人である川田さんは、調色を手合わせで行える数少ない職人で、ベースとなる21色から丸染工株式会社の色として登録している3000色を作り出せるんです。当初は着物を染める工程を教えようと思っていましたが、調色の技術こそ継承する必要があるんじゃないかと感じ、安齋さんには少しずつその技術を習得してもらっています。今後の事業のために優先すべき技術も、新しく若い人が来てくれたからこそ気づける部分が多くありました。あと何より、安齋さんが来てくれるようになって工場の雰囲気も明るくなったし、とにかく先輩の職人さんたちが元気になりましたよ(笑)。

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染めの職人は、狭い間隔に並べられた20kg近い板を一日に100回ほど上げ下ろししなければならない。棈松さんは「力だけじゃない、コツですわ」と話す。

新しい職人の育成について、もう少しお聞かせください。

横田:僕が入った7年前は、業界全体で見ても一番若いぐらいだったんですけど、少しずつ他の事業所でも意識が変わってきていて、最近は20代の人も入ってきてくれている。そういう動きを、きちんと次へ繋げていきたいですね。そのためにも、技術継承するためのカリキュラムやマニュアルのような仕組みについて考え始めています。少なくとも、型友禅の作業工程は完全に技能職なので、「丁寧で速い」という技術を高めるための段階的な研修は可能だと思っています。ちなみに調色もマニュアル化できる部分はあるんですが、あの工程に関しては慣れたら絶対に手の方が速い。そういう部分も、手仕事の面白さですよね。

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横田さん自らも、京もの認定工芸士として制作を続けている。写真の迷彩柄がデザインされた男性用の着物は、ひとつの独立したブランドとしてこれから売りだす予定だ。

―今後はどのような展望をお持ちですか?

横田:この業界でいったら、僕もまだ全然新人。丸染工株式会社だけじゃなく、業界全体を次世代へと繋げていくために、少しずつ仕事の仕組みを現代的に変えながら着実な事業を積み重ねていきたいです。これからは成人式のあり方だって変わっていくかもしれないし……着物という形態に拘りすぎず、でも着物も作り続けながら、ネット通販やレンタル着物といった他事業とももっと連携を取って、発展していきたいですね。

INTERVIEW

TEXT BY TAKUMI NOGUCHI

PHOTOGRAPHS BY MASUHIRO MACHIDA

17.11.22 WED 19:50

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