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職人を捉えた写真と町家空間のコラボレーション

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KYOTOGRAPHIE 2017出展作家 ヤン・カレン(後編)
職人を捉えた写真と町家空間のコラボレーション

桜の季節とともに開幕した「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2017」。寺社や町家など京都ならではのロケーションを活用したスペシャルな写真祭として年々認知度の高まる同フェスティバルには、国際色豊かなアーティストたちが参加している。その一人であるヤン・カレンは、香港をベースに活動するアーティスト。今回、写真祭のために約4ヶ月間京都に滞在し、職人の取材を通して新作を制作した。前回のインタビューに続き、完成した展覧会「Between the Light and Darkness | 光と闇のはざまに」を美術ライター・島貫泰介がレポートする。

神具指物師の牧圭太朗、鏡師の山本晃久とともに、本展のために制作したカメラ・オブスキュラ。覗くと庭が映し出される。

神具指物師の牧圭太朗、鏡師の山本晃久とともに、本展のために制作したカメラ・オブスキュラ。覗くと庭が映し出される。

 

香港出身のアーティスト、ヤン・カレンの「Between the Light and Darkness | 光と闇のはざまに」展は、茶釜、鏡、畳、染物、陶芸などの職人とのコラボレーションから、自然と人のエコロジカルな関係についてのメッセージを発信している。

例えば、もっとも原始的なカメラであるカメラ・オブスキュラ(暗箱)を主題にしたインスタレーション。素朴な風合いの木箱は神具指物師の牧圭太朗、箱内に設えた反射鏡は鏡師の山本晃久、そしてレンズがとらえた風景を映し出すスクリーン/フィルムがわりの和紙は京都綾部の黒谷和紙を用いたもので、2人の職人の異なる技術と伝統工芸の粋を、数十cm四方の小ぶりな暗箱にぎゅっと結集したものだ。また、カメラ・オブスキュラを設えた黒い畳は畳職人の横山充の作で、展示空間に儀礼的な神聖性を宿らせる一助となっている。

ささやかな坪庭を自然の縮図とし、空気や光の通り道を意識して設計された町家は、都市における自然と人の共生が試みられてきた場と言えるだろう。カレンは、「場所」や「もの」、あるいは祭祀といった「こと」に込められた歴史、文化、習慣に眼差しを向け、そこに清新な息吹をもたらす媒介者のようなアーティストだ。

展示風景

展示風景。写真上は1階で、無名舎の主人・吉田孝次郎さんの江戸時代の道中着の中に写真が展示されている。写真下は2階展示室。職人の制作現場からアイデアを得た竹のインスタレーション。

 

会場である無名舎は、明治42年(1909年)に建てられた白生地問屋の京商屋だ。平成25年に登録有形文化財に認定され、もちろん現在は店舗として使用されてはいないが住人は今も住んでいる。伝統的な京都の暮らしを今に伝える取り組みは、宿泊施設やレストランへのリメイクとして活発だが、生きた暮らしの場所としてあり続けることはきわめて稀だ。

伝統と暮らしが交わる風景は、台所にそっけなく置かれた野菜や日用品など、無名舎の様々なところで発見することができるが、筆者がひときわ興味を惹かれたのは、たくさんの猫である。

表玄関を通って通り庭を抜けようとすると、「カタッ」という小さな音が頭上から聞こえた。見上げると、屋根の軒のところに一匹の猫。彼(あまりにも優雅な足取りだったので彼女かもしれない)は折り重なったいくつもの軒を器用に跳躍して建物と建物のあいだにすっと消えていった。人にとっての通り道があるように、そこは猫の通り道になっているのだ。
聞くところによると、無名舎の主人は無類の猫好きで、毎日夕方になると台所で猫に餌をやっているのだという。だからその時間の台所は展示よりも猫が優先の場所になるし、毎朝、会場スタッフが無名舎にやって来てまずすることは座布団の上に残された猫の毛の掃除だったりする。

台所奥のかまどには、コラボレーターの一人である陶芸家の明主航が野焼きをする映像が投影されているのだが(かまども野焼きも、火という要素を連想させるからだそうだ)、頭上に設置されたプロジェクターが、なぜか卓袱台で覆われている。いかにもヤン・カレンらしい可愛らしい設えだなと面白がって眺めていると、じつはそれは彼でなく、無名舎の主人によるものなのだとスタッフから教えられた。普段からそこは猫の通り道になっていて、猫たちがプロジェクターを踏んだりしないように、という心にくい配慮の跡なのだ。たしかにその上の障子窓も、ちょうど猫一匹が通れるくらいの隙間で開け放たれていた。

土間にもの台所には映像作品(写真左)があり、井戸の上にも作品(写真右)が展示されている。

土間にもの台所には映像作品(写真左)があり、井戸の上にも作品(写真右)が展示されている。

 

しかし写真展の会場として考えると、この猫ファーストな設えは挑戦的である。猫が大切な写真プリントを引っ掻いたりすることだってありえるだろう。だが、作家はこう答えていたという。「ここは展示の場所に選ばれるより前から、人と猫が住んでいた場所。だから何かあってもかまわないんだ」。

このコメントは、カレンの思想を象徴するものだと思う。このレビューに先駆けて掲載されているインタビューにおいて、彼は自然と人の関係について特に多くの時間を割いて答えてくれた。それは、よく巷間で騒がれるような人間による自然の破壊行為についてではなく、人と自然の共生が文化や歴史を伝えてきた継続性への関心だった。

会場1Fには、写真が江戸時代の道中着を羽織るような格好の、不思議なインスタレーション作品が展示されている。その写真は、伊勢神宮の木の表面に巻かれた「こも巻き」を撮影したものだ。冬のあいだの害虫駆除法として江戸時代から活用されてきたこの技術は、人が自然を守ろうとする意思のあらわれとして考えられるだろう。その写真に厚い生地(鹿革だろうか?)の道中着を着せるということは二重の「守り」を意味しているし、もう少し飛躍的に考えれば、化学繊維ではなく自然物を素材とする道中着で化学的な産物である写真プリントを守るという構図は、自然が人を守り、また自然が人を守る、という循環する関係性を想起させてくれる。

無名舎を会場とした「光と闇のはざまに」展は、たしかに写真展であるのだが、もう一つの姿を持っている。それは、写真を通して場所の意味を浮き立たせることを試みる、環境のインスタレーションだ。ここで問われているのは、作品が表現している美しさや洗練を視覚的に味わうだけでなく、もともとそこにある場の空気や精神を体感的に感受することだ。だから、もしも猫が作品を傷つけてしまったとしても受け入れるのだと、作家は考えるのだろう。先人・先猫に対する敬意を持ち、折り目正しい関係がつくっていく。それがヤン・カレン流の思想、そして芸術なのだ。

でも、最後に注意を一つ。猫ブームの昨今、目の前に可愛い猫が現れたら思わず写真に撮ってしまいたくなってしまうかもしれない。でもシャッターをきる前に、ちょっとだけ気をつかってあげてほしい。何しろ猫や無名舎という場所は、私たちが訪れるよりずっと前から、そこにいた存在なのだから(KYOTOGRAPHIEも展示会場の写真撮影はOKとしている)。時間をかけて、心地よい関係を結べた後に撮った写真は、きっとあなたにとってかけがえのない一枚になっているはずだ。


「GFX stories with Yan Kallen  -Between the Light and Darkness- / FUJIFILM」
ヤン・カレンが職人とコラボレーションして、今回の展示「Between the Light and Darkness | 光と闇のはざまに」を作っていく様子を、 本展のスポンサーである富士フイルムがドキュメンタリー映像として公開している。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2017
会期:4月15日(土)〜5月14日(日)
会場:京都市内16ヶ所
URL:www.kyotographie.jp

ヤン・カレン「Between the Light and Darkness | 光と闇のはざまに」
会場:無名舎(京都市中京区新町通六角下ル六角町363)
会期:4月15日(土)〜5月14日(日) 10:00〜18:00
休館日:水曜 (5/3以外)
URL:www.kyotographie.jp/portfolio/yan-kallen

コラボレーション&撮影協力
釡師:大西清右衛門
塗師:西村圭功
鏡師:山本晃久
神具指物師:牧 圭太朗
畳職人:横山 充
染師:吉岡更紗
紙漉師:ハタノワタル
陶芸家:明主 航

特別協力
禰宜:小栗栖憲英
漆掻き職人:山内耕祐

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TEXT BY TAISUKE SHIMANUKI

PHOTOGRAPHS BY MAKOTO ITO

17.04.27 THU 18:31

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