信仰と工芸vol.1「直す技、残すための手仕事 – 清水寺の大規模修理」

神仏への祈りが生んだ手仕事は、工芸の精髄。
信仰にまつわる品々のかたちや文様にはひとつとして無意味なものはない。
1,000年を超えて受け継がれる京都の宗教工芸、
その職人の息遣いに手仕事の伝統と未来を見つけた。

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信仰と工芸vol.1「直す技、残すための手仕事 – 清水寺の大規模修理」

 寺院は工芸の集合体。極楽浄土を表現する「荘厳」の言葉通り、そのかたち、その色彩のすべてが仏教世界を表現する。祈りの手を合わせる対象にふさわしい厳かさと、後の世に残る堅牢性を兼ね備えた究極の手仕事なのだ。
 しかし、どれほど手をかけてつくった建物も永遠ではない。朽ちては直し、焼けてはまたつくる。現在、京都に残る寺院はそうして守られてきた。各宗派本山寺院が集まる京都が、その長い歴史のなかで国内最大の仏具産地であり続けたのも当然のことだといえる。
 祈りの心を映し、信仰に育まれてきた手仕事。その技は、今も静かに受け継がれている。

 

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■伽藍は総合工芸

現在、清水寺は本堂を含む9棟の堂塔の保存修理をおこなっている。2008年から続くこの修理は工期約12年、総工費約40億円。1200年以上続く清水寺の歴史上でも類を見ないほどの一大プロジェクトだ。

通常、歴史的建造物の修理は1棟ずつおこなっていくが、今回の「平成の大修理」では、2、3ずつの堂塔を並行して修理する方法が採用されている。年間を通して参詣者が絶えない清水寺の特性を考慮してのことだが、国宝1棟、重要文化財8棟を順次修理するのはめずらしいことだ。
2017年6月現在、「馬駐」「本坊北総門」「子安塔」「朝倉堂」「轟門」「阿弥陀堂」「奥院」の修理を終え、最後の難関といえる本堂の修理が始まっている(2018年から「釈迦堂」の修理も実施)。

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伝統建築は数多くの手仕事で構成されている。鳶職、左官職人、石工、屋根葺師、大工、塗師、箔押師、彩色師……。これほど多様な職人が清水寺の伽藍を行き交う光景は今だけのものだろう。
約半世紀ぶりとなる本堂修理では、檜皮葺((ひわだぶき))屋根の葺き替えを中心に各部位の破損箇所に手が入れられている。素屋根が設置された本堂の姿は、「50年に1度」の貴重な姿だ。

 

■文化財の修理

国からの補助を受けておこなわれる国宝・重要文化財の保存修理工事は文化庁が承認する文化財建造物修理主任技術者によって監督指導することが定められている。自治体に主任技術者がいる京都府、滋賀県、奈良県では直営で修理工事がおこなわれているが、それ以外の都道府県ではおもに公益財団法人がその役割を担っている。

京都府教育庁文化財保護課は、府下の国宝・重要文化財建造物の保存修理を一手におこなう。自治体が継続して保存修理をおこなう最大のメリットは記録の集約だ。清水寺の本堂であれば前回の修理は1967年(昭和42)のこと。その際の材料や技法など細部まで記録が残されていることで、半世紀後の修理が的確におこなえる。

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また、記録とともに職人の伝統工法も受け継がれている。清水寺修理でみられる丸太の足場はもとの建材を傷つけず、設置・解体もスムーズだ。木造建築の現場で数百年に渡って受け継がれてきたこうした技術もまた後世に残す伝統なのだ。

「組みやすく、ばらしやすい丸太の足場は先人の知恵。一般的な金属製の足場の方が効率は良いのですが、こうした職人技も無形の文化ですから」と話すのは、清水寺の修理事業を監督する京都府教育委員会文化財保護課の島田豊さん。
歴史的検証と職人技術の継承。歴史的建造物の保存修理は、学問と手仕事のハイブリッドでおこなわれているのだ。

 

■復原と維持

完全復原か現状維持か。
歴史的建造物の保存修理では避けては通れない問題だ。また、復原であればどの時代の姿に戻すかという問題もあり、作業前には膨大な時間をかけて過去資料の精査と議論がおこなわれる。

「それでも現場では細かい判断をする局面があります。もちろんその都度、清水寺さんや有識者の方々と協議しながら決定しています。たとえば『奥院』の彩色では、残す部分と、新しく塗る部分を分けました。建造物が末永く残り、かつての技術を伝え続けるために採用した方法です」

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■50年ぶりの葺替

本堂の修理は約半世紀ぶり。メインとなる檜皮葺の葺き替えが始まるのは2017年からだが、材料の檜皮は2009年から購入が始まっている。
「使用量が多く短期間で集めることが難しいと考えられた為、早めの手配をおこなってきました。また、前回、1967年(昭和47)の修理と異なり、一部は江戸時代に本堂で使われていたものと同じの長さの檜皮を使用します。これは、現在使われている通常の檜皮よりも長いもので、で、特別に用意してもらう必要があるので下準備は慎重におこなってきました」

 

■400年後への備え

文化財の修理では、可能な限りもとの材料を再使用することが大原則だ。強靱な自然素材は、過去の職人技術を今に伝え続ける。  本堂の改修では、舞台下の柱の傷んだ箇所だけを切り外して、新たな木材を接ぐ「接ぎ木」の技法で対応した。「保存修理」の観点でおこなわれるこうした応急処置を繰り返して、現在の姿がある。

しかし、この手法も何百年とは続かない。
清水寺では未来の修理のために、京都市右京区、京都府舞鶴市などの山林に欅の植林をおこなっている。すでに植えられた6,000本の苗木のうち、400年後に柱材として使えるように育つのはおよそ1割程度だというが、それでも今から手を打たなければならないからだという。
今回の「平成の大修理」が終わるのは2021年の予定。多くの職人技に支えられた大事業はこれから佳境に入っていく。

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<プロフィール>
京都府教育庁 指導部 文化財保護課
1897 年(明治30)に古社寺保存法が制定されて以来、現在に至るまで、府内の国宝・重要文化財等の文化財建造物の保存修理に関する設計・監理をなどおこなっている。幅広い分野の職人と連携。

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TEXT BY YUJI YONEHARA

PHOTOGRAPHS BY KAZUYA SUDO

17.07.24 MON 16:22

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