TOP CRAFTS NOW OTHER 伝統と現代が出合い、重なり、変化する。
うつろいを描き出し、笑顔を呼ぶニッポン画家・山本太郎。

OTHER

190213_yamamoto_top

伝統と現代が出合い、重なり、変化する。
うつろいを描き出し、笑顔を呼ぶニッポン画家・山本太郎。

金屏風に伝統的な日本画?と思いきや、マリオとルイージが風神雷神のように対峙していたり、水の流れを表している水紋図?と思いきや、コーラの缶がコロンと倒れていたり…。
伝統的な日本画の技法を用いて、古典文学や芸能をモチーフに屏風や扇子、軸物などに描くその画は、思わずクスッと笑ってしまいそうな、ユーモアに満ちている。古典と現代が一つに融合した「ニッポン画」を描き続ける山本太郎さん。作品展を開催中の「イムラアートギャラリー」(京都市左京区)を訪ねて、山本さんの創り出す独自のアートの世界について話を聞いた。

190213_yamamoto_00

「マリオ&ルイ―ジ図屏風」(C)Nintendo 山本太郎 2015年

混沌とした中で、ゆるやかで心地よい融合を見出す日本人の感性

山本さんは熊本県で生まれ育ち、大学は京都造形芸術大学に進学して日本画を学んだ。
「ニッポン画」の世界観に、いつごろから目覚めたのだろうか?
「大学3回生の頃だったと思いますが、当時、せっかく京都にいるのだからと寺社仏閣をせっせと巡っていたんです。ある時、古いお寺を拝観したあと、お昼にハンバーガーを食べるためファストフード店に立ち寄ったんですが、“あれ?ほんの少し前までは、古いお寺という伝統と歴史の重みの中にいたのに、今はハンバーガーを食べている?”と思ってしまって(笑)。ああ、日本人って、ゆるやかに、いろんな時代のものを融合させて暮らしているんだなと、気づいたんです」。

モダンなマンションに備えられた畳の和室や、町家建築に置かれた洋風のソファ。空間だけに限らず、ジーパンを履きながら日本茶を飲むという私たちの日常は、確かに混沌といえるだろう。しかし、そういった混沌を普通のことのように受け入れている日本人の絶妙な融合感覚。それを原点にして、「山本太郎のニッポン画」の世界が生まれた。
古典的な絵柄をベースに、古典の顔料・技法を駆使して、昔ながらの和紙や絹に描かれた絵は、まさしく日本画。そこにユーモアやパロディ、ポップな現代の感覚を取り入れて、山本さんは独特な「ニッポン画」を生み出している。
フライドチキンのキャラクターが鶏を抱えていたり、群鶴が羽ばたく向こうにジャンボジェットが飛んでいたり、時にブラックジョークを盛り込む構図であっても、山本さんの作品には繊細さと気品が宿っている。

190213_yamamoto_01

東北の暮らしで見出した日本人の素晴らしい多様性と、地域に根付く文化とアートの接点

画家としてのキャリアをスタートしてから、今年で20年目になる山本さん。節目の年を迎え、心境の変化などはあったのだろうか。
「2013〜2018年まで、秋田公立美術大学のアーツ&ルーツ専攻で准教授を務めていました。九州で生まれ育ち、20代は関西で暮らしていたので、初めての東北はなにもかもが新鮮で発見の毎日でした」
雪かき一つから、初めての経験。マタギという仕事で暮らす人にも出会った。ドアをあければカモシカがいたという話、近くに出たクマを食べてしまったというツワモノのおばあさんの話などなど、「日本じゃないみたいな世界」だったと笑う。

「日本って広い!なんて多様な文化が満ち溢れているんだろう!と感動しきりでした。秋田での暮らしが、まさに“アートとルーツの関係”そのものだったように思います」
学生とのフィールドワークで知ったのが、秋田の山奥にある上小阿仁村・八木沢地区という集落に伝わる「八木沢番楽」だった。板を棒で叩き、笛太鼓が奏でられる原始的な芸能だが、その上小阿仁村で行われている地域の芸術祭の一環として番楽の舞台の幕を制作することになったのだ。
「ルーツの大切さと、変わりゆくものを止められないという現実。そのなかで何を残せるか。それをアートにどう表現するかを問われた仕事で、僕自身の創作にも大きな影響がありました」

190213_yamamoto_02

(撮影:草薙裕)

(提供:山本太郎氏)

八木沢地区で昔から使用している古い幕の絵柄は、日の出・鶴・夫婦岩・青海波・松竹梅など、おめでたいモチーフで埋め尽くされていた。しかし、山本さんはせっかく新調するならば、山奥の八木沢地区にふさわしいものを取り入れては?と考えた。鶴をヤマドリに、松竹梅のかわりに秋田杉の森を、青海波は清流に、さらに農機具を置く三角小屋まで描いた。長老たちに何度もダメ出しされて、ようやく快諾してもらい、華やかな幕が完成した。(撮影:表恒匡)

被災地となった故郷・熊本の地震での応援プロジェクト

番楽の仕事を通して、山本さんは“地域に根付いた人たちと、地域の文化とその変容に触れ、何かを作り出していきたい”という思いが、次第に強くなってきたという。それは、すぐ次のプロジェクトにも生かされていく。
2016年4月の熊本地震の際に、家屋が損壊し、代々続いた家業を廃業することとなった森本襖表具材料店。そこに残された屏風の材料を使って、熊本の人たちの思い出の「ものがたり」を作品にするプロジェクトを手がけることになったのだ。このプロジェクトもまた、現地でのフィールドワークを重ねて、熊本のさまざまな年代の人たちの「思い出」や「もの」をリサーチし、それらをモチーフにして屏風を制作した。

結婚式のウエディングドレスや森本襖表具材料店の法被、ギターや宝石箱など、それぞれに人の思いがこもった「もの」たちが金銀の屏風にたおやかに描かれている。すっきりとした余白、空間に、「もの」と「人」とが醸成してきた、いとしい時間が静かに流れているように感じられる。

(提供:山本太郎氏)

熊本地震で被災した森本表具材料店。屏風などが奇跡的に残った。(提供:山本太郎氏)

制作中の山本さん。(提供:山本太郎氏)

制作中の山本さん。(提供:山本太郎氏)

数々の「ものがたり」は、2017年11月18日〜2018年2月19日、熊本市内で行われた 『島田美術館 開館40周年記念展覧会 「おもかげものがたり」山本太郎作品と館収蔵品と』において発表された。(撮影:草彅 裕)

数々の「ものがたり」は、2017年11月18日〜2018年2月19日、熊本市内で行われた 『島田美術館 開館40周年記念展覧会 「おもかげものがたり」山本太郎作品と館収蔵品と』において発表された。(撮影:草彅 裕)

新たな境地からさらに向こうへ。チャレンジを続けたい。

190213_yamamoto_07

昨年から今年にかけて、山本さんはまた新たな境地を拓く仕事に出会った。能の稽古を長く続けている中で知己を得て、親しく交流してきた茂山童司さんから、三世茂山千乃丞の襲名披露演目「花子(はなご)」を舞う際の装束の制作を依頼された。
茂山家では古くから、代々の「花子」という演目に使用する装束をその時代を代表する画家に作画を依頼してきた。その白羽の矢が山本さんに当たったのである。

代々が大切にしている藍の生地に、色とりどりの色紙や短冊が散らされている装束は、上品で華やか。しかし仔細に見ると、「朝顔鉄柵図」や「群鶴とジェット機」、「清涼飲料水紋図」など山本さんの代表的なモチーフが描かれている。さらに短冊にはラインのアプリや会話の画面など描いてあり、見ればみるほどクスクスと笑ってしまう。
山本太郎作の「平成版花子装束」は多くの人に好評を得、また茂山さん自身も大変気に入ってくれたそうだ。

(提供:山本太郎氏)

(提供:山本太郎氏)

190213_yamamoto_09

190213_yamamoto_10

色紙、短冊にさまざまに描かれる山本さんの世界観。伝統的なものと、現代の世相や感覚が見事に一つになって、新たな美しさを生み出している。自身も若いときに能の稽古をした経験があり、能楽の世界に親しんでいる山本さんだからこその創造がここにある。

「今、伝統的な風習や考えは失われつつあり、日本の社会も暮らしもどんどん、変わっていっています。僕自身、変容していくこと自体、否定はしません。受け入れてしまえば、うつろい、変化していくその様はむしろ面白いし、愛おしい。その思いをニッポン画の中に映し出していきたいですね」
そう、山本さんの創作は、否定や批判から始まるのではなく、受け入れるところからスタートする。だからこそ、見た人が思わず笑顔になるような、ハートフルでピースフルな作品が生まれるのだ。

山本太郎プロフィール
1974年熊本生まれ。2000年京都造形芸術大学卒業。大学在学中の1999年に、寺社仏閣とファーストフード店が至近距離で混在する京都にインスピレーションを受け、伝統と現代、異質な文化が同居する「ニッポン画」を提唱。日本の古典絵画と現代の風俗が融合した絵画を描き始める。ニッポン画は3つの柱で表される。それは「日本の今の状況を端的に表すこと」、「古典絵画の技法を使うこと」、「諧謔(かいぎゃく)をもって描くということ」。近年は企業等と積極的にコミッションワークを行いキャラクターを使用した作品も多数制作している。その作風は現代の琳派とも評される。 2015年京都市芸術賞新人賞、京都府文化賞奨励賞受賞。

OTHER

TEXT BY MAE KOORI

PHOTOGRAPHS BY TAKUYA MATSUMI

19.02.13 WED 20:14

NEXT

- RELATED POST -関連する記事