TOP CRAFTS NOW INTERVIEW <ネクストジェネレーション> 村山木工の小玉彩月さん、松下恵子さん

INTERVIEW

<ネクストジェネレーション> 村山木工の小玉彩月さん、松下恵子さん

組子細工などの伝統技法を生かした現代的な建具などでも知られる村山木工。京都・京北町にある気持ちのいいアトリエで働く20代の女性2人に話を聞きました。
どうして村山木工で働くことになったのか。将来をどう思い描いているか。20代現役職人のリアルをお伝えします。

小玉彩月さんの場合

 

―村山木工の職人となった道筋を教えてください。

小玉:私は地元が宮崎で、伝統工芸とかモノづくりをやってみたいと思ってました。それで京都の美大を目指して受験したけどダメで、でも、よく考えたら大学という遠回りをしなくてもいいのかなと思えたので、勉強のためにまず京都に出ようと考えて、特に何も決めないで京都へ出てきました。京都だったら、伝統的なものづくりも現代のものづくりもどちらも見れるかなと思ったので。京都に住みはじめて、いろいろ調べるなかで気になったのが組子細工で、それでここ(村山木工)にたどり着きました。それが3年前、18歳の頃です。

―まず京都に出てくるという行動力が気持ちいいです。

小玉:今もそうですけど、正直、不安を感じることはあんまりなくって。一度落ちたらV字回復すると思っていますし、どういう状況でもどうにか対処できるだろうって勝手に自分は安心してます。いつも怖さよりも楽しみのほうが大きいです。

 

―実際に村山木工の職人となって組子細工についてはどう感じてますか。

小玉:すごく現代的だなと思います。村山さんが現代建築にも溶けこむように組子細工を発展させているからだと思いますけど、それがとても面白いなと感じてます。同じ組子細工でも職人さんによって組子の使いかたや扱いかたが全然違うこともわかってきたので、もっといろんな組子を見てみたいという気持ちも湧いてきました。

―それぞれの職人の個性というのも成立するでしょうか。

小玉:ここでは個人個人でどうやれば効率がよくなるかを探りながら仕事を進めています。だから、ボンドをつけるタイミングのような細かな部分では、人によってやり方が違うことも多くて。

 

―個人の裁量に任されている部分も多くあると。小玉さんが好きな作業って何でしょう。

小玉:糸ノコで模様を切り抜くような、細かい作業が好きです。私が原画をデザインさせていただくこともあって、それを4枚くらいの材をまとめて切り抜いていくんです。原画はデザイナーさんが考える場合も、私が考えることもあります。

 

―もともと絵を描いたりするのは好きだったということですが、個人的な制作、創作について今はどうしていますか。

小玉:ここで働きはじめてから、大学で学ぶこともひとつの手段だなと思い直して、今年から通信で大学に通いはじめてるんです。そこで得るものも大きいですし、通信科は周りが社会人ばかりで年齢層が幅広くて、その人たちとの話もすごく面白いです。そうやって将来どうなるのかはまだわかりませんけど、最終的にはひとりで何かをやるときのために向かっているという感じはします。

―普段、絵を描いたりという時間はないですか

小玉:描きたい気持ちはありますけど、やっぱり時間がかかるので、いらない紙の裏に落書き程度。見せれるほどのものじゃない(笑)。描いたら捨てちゃいますし。自己満足ですけど、それでも手を動かして練習はしておきたいと思うんです。

と言うなか、強引に見せてもらいました。TVなどを観ながら書く似顔絵。

―将来設計において何かメドは立てていますか。

小玉:大学の卒業時期でもあるので、25歳はひとつの区切りになりそうです。そのときにここに残るかどうかもちゃんと考えて。ただ、京都に来てここで働きはじめて、やっぱり私、九州のことすごく好きなんやなというのはあらためて気づきました。いつかはまた九州には戻るのかなと思います。

 

 

松下恵子さんの場合

 

―松下さんは2020年4月の入社だと伺いました。

松下:はい、1年目です。京都芸術大学を卒業して、こちらに入社しました。高校生の頃から美術系への興味はあって、ただ、その頃は伝統工芸のことはまったく頭にありませんでした。芸大では油絵を学んでいたけど、3回生から木版画をはじめて、そこで伝統工芸が選択肢に入ってきました。組子だけじゃなくて、ガラス、漆、いろいろ考えて体験させてもらったりもしながら、最終的にはこの場所に来たときの雰囲気、フィーリングで、こちらに決めました。

―まだ1年経ってないですが、組子の魅力をどう感じていますか。

松下:小さなズレが後々で大きなズレにつながるので、最初の段階から完璧にやっていなければ、最終的な仕上がりの精度が変わってしまう。難しいんだけど、その分、最後にぴたっと合ったときのうれしさは大きいです。

 

―大学時代の同級生には作家になった人もいますよね。

松下:そうですね。作家になったり、別の伝統工芸の会社に入った人もいたり。それぞれみんな修行中という感じで。私ももう自分の作品はつくらないのかと言われたら、そうではないですけど、まずは自分の技術を得たいという気持ちが強い。今はもっといろいろ知りたい、学びたいという気持ちです。

―大学で学んだ絵画や版画は今の仕事に通じていますか。

松下:ここで組子のデザインを一度まかせてもらったことがあって、個人のお宅の仕事でしたけど、そのときは役に立ったのかな。そもそも芸大に行かなければ、木版には出会えなかったし、伝統工芸の存在にも気づけてなかったと思います。そういう意味では、すべて今に通じています。

松下さんが初めて手がけたデザイン画。写実的に木蓮の花を描いて、それをデザインに落とし込んだ。

―木を扱うという点ではどうでしょう。

松下:木版画をやってるときにはそれほど感じなかったことですけど、木って環境によって大きく変化してていくんだなと知りました。ここでは補修の依頼とかもありますので。ただ、木版と木工では全然違いますね。木版で自分が表現してきたようなことを、木工でやることはできないので。

 

―学生時代、松下さんはどんな作品をつくっていましたか。

松下:風景画です。卒業制作で何を描くか、なかなか思いつかなかったのですが、自分がいいなと思えるものを写真に撮って集めていくと、空や海といった時間の経過で色が変わるものが多かった。それでそういう作品をつくっていました。

 

―自然がモチーフだったんですね。ちなみに落書きとかは?

松下:大学の授業中に生み出してしまったキャラがいて、それに愛着が湧いて、そいつをずっと描いてます。自分のスケジュール帳の余白に描いたり、友達の誕生日のときに描いたり、これは完全に趣味ですね(笑)。

松下さんが描き続けているマイキャラクター、ガンミちゃん。

―まだ1年目、将来のことはこれからですね。

松下:そうですね、やっぱり先のことはふわふわしています。直近の目標は、ここにある機械を全部使えるようになること。あせらず学んでいけば、どこかで自分のなりたいものがいずれ見えてくると思っています。あと、仕事にはしないにしても、自分の作品はつくり続けたいですね。

 

村山木工・指物師の村山伸一さんを囲んで。村山さんは伊勢神宮式年遷宮の御神宝を製作した他、ホテルや旅館、飲食店の照明、内装、建具など現代的な空間での仕事も数多い。

京北町にある村山木工のアトリエ、とても気持ちのいい環境でした。

INTERVIEW

21.01.15 FRI 18:27

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